98年の東医体後に大介さんがラグビー部通信として発行したものから抜粋したものです。
98’夏 東医体終わる
試合中の頸椎損傷事故などの影響により昨年度は開催されなかった東医体ラグビー部門であるが、98年度は主管校や関係各位の尽力により札幌にて開催された。
今大会では事故防止を念頭に置いた運営がなされ、試合の中日を2日とる、スクラムを高校生ルールにて行うなどの対策がとられた。結果として今年は目立った事故は無かったようである。
秋田大学医学部ラグビー部は菊地キャプテンを軸として1、2回戦を順当に勝ち進んだものの、目標としていた弘前大学には大敗を喫してしまった。
大会終了後、新キャプテンに白幡毅士が就任し、来年の東医体に向けて我がチームは新たなスタートを切った。
=東医体の結果=
一回戦 対山梨医大 21-7
二回戦 対福島医大 17-12
準々決勝 対弘前大 0-58
キャプテンを終えて
4年 菊地 功
1997年秋、寒風吹き荒む医学部グランドには、練習に参加する部員は10人足らずしかいなかった。満足な練習もできぬままに秋リーグでは、一勝三敗と過去最低の記録を残してしまった。部員達の間には、この試練の時期を乗り切りさえすればいいという雰囲気がでてきてしまっていた。また、東医体の開催が決まらないまま、何を目標にしていけばいいのか悩む日々が続いた。そんな中で、少しでもチーム全体の力を上げて下の代につなげることが第一目標とすることが首脳陣の間で決まった。そして冬の間も、体育館の中でハンドリングとトレーニングを続けた。
1998年春、新歓で思うように人が集まらず、寺田ひとり。本気で廃部を覚悟した。その後、思わぬところで善積をゲットし、ハンドボール部に入部してしまった清藤の奪回に成功。柔道部の松本が解剖中にもかかわらず参加してくれた。若い力によってチームが盛り上がり、経法大に久々の勝利をしてチームの雰囲気が大きく変わった。負けに慣れてしまっていた部員たちも、岩医戦、四定戦を戦う中で、自分達の流れをつくり出せ事ようになり、さらに逆転することができるという自身がついてきた。
1998年夏、6月末にようやく東医体の開催が決定し、目標が3回戦の強豪弘前大学に勝利することに決まった。練習にも熱が入り、5、6年生も練習に加わって
2年前のチームに匹敵する勢いになった。
そして東医体は順当に勝ち進み、弘大との対戦。
開始後は拮抗していたが、やはり力の差は歴然としていた。個々人のプレーの確実さがちがっていた。1部との違いを見せつけられた試合は、0-58。今大会最多失点での敗戦であった。
自分はキャプテンとして試合後の締めの中で、厳しい事を言わなかったことに実は後悔していた。悔しさをバネにして強くなる事ができるか不安だったからである。
しかし、現首脳陣を中心にまとまり、着実に強くなっていくチームを見てその不安は吹っ飛んだ。
この一年間、部員、マネージャーさんには大変お世話になりました。いろいろ厳しくされた人、意見をっても取り上げられなかった人、フラストレーションがたまってしまった人などいたでしょう。その気持ちを忘れないで下さい。いつの日かこの部を引っ張っていく事になったときに生かせるように。
私事ですが、まだトライがないのでラグビーをやろうかなと思ってます。また、倉田さんなき後めっきり存在感の薄くなった『町内小物会』の方を頑張ろうと思うので小田さんよろしく。
東医体 緊張の夏
6年 小松 大介
季節はいつしか秋を過ぎ、冬を迎えようとしています。最後の東医体が終わって、早3ヶ月の月日が経ちました。あれからというもの、ラグビーボールには触ることなく、卒業試験に忙殺される毎日を送っています。
例年なら他のどの部活よりも季節の移ろいを感じている(っていうか寒さとか天気の影響をモロに受ける)のに、今年ばっかりは机に縛られ、仕方なく卒試の過去問ばかりを眺めています。
最後の東医体は初めての北海道で、芝がきれいに整備されたグランドでラグビーをやれたし、東医体 『夜の部門』 においても、僅か8000円で圧勝?することができ、大変良い思い出になりました。
でも私のなかで最も印象に残っている東医体は2年前に菅平で行われた東医体です。あの新潟大に破れた最後の試合では、同ポジションのライバル琢磨さんにスタメンを奪われ、僕はベンチにいたのでした。
試合を終えたあとでの記念写真をアルバムで見ると、今でもあのときの菅平の特有の澄み切った青い空が脳裏に思い出され、新潟大に負けた悔しさと、試合に出れなかった悔しさがごちゃ混ぜになったやるせない気持ちが甦ってくるのです。
ラグビー部は私の青春そのものでした...。
僕はプレーであんまり目立つことは無かったし、部の呑み会などでも終始大人しくしていたので、皆が忘れちゃうんだろうなぁと思うと少し寂しいなぁ。
この六年間は怪我とか辛いこともたくさんあったけど、それを埋めて余りあるほど、楽しいことや嬉しいことがありました。最後にですが、六年間ラグビーやって来れたのは、チームのみんなや、雨の日も風の日も来てくれるマネージャーさんのお蔭でございます。本当にありがとうございました。来年、資金面ではどうなるか分かりませんが、気持ちだけでも精一杯医学部ラグビー部を応援して行く所存であります。
追伸 小田君 怪我に気をつけて、来年も是非頑張ってくださいね。
救急車にゆられて (患者の立場で)
5年 小田 正哉 (小者会会長 & 山の会幹部 )
弘前に圧倒的な力の差を見せつけられ、大敗してから3カ月が経った。何故あそこまでたたきのめされたのか。確かに随所にナイスプレ−はあったと思う。
しかしそれらはあくまで単発で、うまくつながっていなかったのではないかと思う。何故ラグビ−が15人のスポ−ツなのか、それは15人それぞれが大切な役割をもっているから、つまり必要だからである。
ここで言いたいのは、1人でも役割を果たせないと、たとえトライをとったとしても本当の意味でボ−ルがつながったとは言えないということである。
では何故役割が果たせなかったのだろうか。もちろん技術の差はあると思う。しかしそれ以上に精神的な面で負けていたのではないか。うちのチ−ムの悪いところは、点をとられるとシュンとしてしまうところである。これはもちろん自分のプレ−どころか味方のプレ−に影響し、さらに相手をますます調子づけてしまう。気持ちの切り替えが下手なのだと思う。
なんか暗い話になってしまったが、我がラグビ−部にはよいところがたくさんあるのは皆さんご承知の通りで、それは他の方がおそらく書いてくれるでしょう。
最後に今年ラグビ−をやっていて感じたのは、1年生のラグビ−に対するひたむきさでした。
今のラグビ−部には、もっともっとこの「ひたむきな姿勢」が必要なのではないでしょうか。
(全然題名と違った内容になってしまいました。)
医学部ラグビー部員 破廉恥!ススキノでの痴態
6年生の某部員宅で、彼の不在時に彼の交際中の女性(23歳)に部屋の掃除を依頼したところ、不用意にも本棚に突っ込んでおいたポラロイドショーでの全裸女性とのツーショット写真が見つかり、ススキノ疑惑が急浮上した。
彼は「There was no inappropriate relationship!」と疑惑を強く否定し、身の潔白を熱弁したものの、物証と3時間にわたる厳しい訊問の末、涙ながらに全面自供に及んだようである。問題の写真には女性の局部が克明に写っており、猥褻図画所持の容疑にて同容疑者を緊急逮捕した。県警は同部に共犯したものがさらにいるものとみて、捜査を展開中である。
ポエムの部屋 恋のKick Off はまだなの?
恋のホイッスルがハートのグランドに鳴り響いたの。
君は気付いていないけれど、
私のハートは君の腕の中にある。
ゴールまで一直線に走ったら私の全ては君のもの。
私の準備はOKだから、
いつでもゲームを始めてもいいのよ...。
最初から私の負けってわかってるゲームだから、
全ては君の気持ち次第?
[アクションカメラ2月号] p153〜154より無断転載
註:写真は都合により割愛させていただきました。
なぜ、ラグビーなのか?
3年 岩崎 渉 (左プロップ)
僕にとってのラグビーとは、ダイエットのためでもなく、合コンに行ったときにいい肩書きになる、とかそういうふざけたものではありません。僕がラグビーをやる理由はひとつです。僕はラグビーが好きなのです。
なんかハムやん に怒られそうだけど、事実なのだからしょうがありません。スクラムでの駆け引き、モールでの奪い合い、突進して相手を飛ばす、考えただけでもドキドキしてしまいます。
きっと、残りの3年間もドキドキなのでしょうね。
たこ焼き同好会 会員熱烈募集中!
本場大阪堺市出身のたこ焼き同好会会長、羽室明洋(愛称:ハムやん )が秘伝の技を惜しみなく直伝いたします。
活動の内容ですが、たこ焼きを口実としたホーム
パーティなんかしちゃおっかなぁ? なんつって思っちゃってます。
当サークルは下記のような関連記事とは一切?
関係ないのは勿論、醫學部ラグビー部のプロップの
人達とも多分あんまり関係ないと思います。
=関連記事=
たこ焼きパーティーと偽り少女にいたずら(時事通信)
大阪府警少年課は18日、知人女性の長女(12)を薬で眠らせ、裸をビデオ撮影したなどとして、強制わいせつの疑いで元薬局経営××容疑者(38)を逮捕した。調べによると、××容疑者は1998年9月中旬、知人女性(38)に「たこ焼きパーティーをやろう」などと持ち掛け、女性宅を訪問。当時小学4年生だった長女らにジュースに睡眠薬を混ぜて眠らせ、いたずらしたり持参したビデオで裸を撮影した疑い。
××容疑者は、このビデオをマニアの別の児童ポルノビデオと交換するなどしていた。 [時事通信社]
乳部...、いや入部希望の女のコは岩崎 渉
(体重0.085t)迄御連絡ください。
ラグビー部に入って
1年 米田 伸也
7月、ラグビー部の練習に初めて行った日が、今では懐かしく思えるようになりました。
頭がくらくらしてきて、冗談抜きで死にそうになったのを覚えています。未だに練習は大変ですが、部の雰囲気にも慣れ、充実した日々をおくっています。少しは、走れるようになったつもりなのですが、実際のところそうでもないかもしれません。これからも頑張っていこうと思います。
僕の夢無限
3年 羽室 明洋
早いものでラグビーを始めてからもう3年が経ちました。3年間もラグビーをやっているとラグビーに対して欲や夢といったようなものが生まれてきました。最近ではその夢みたいなものが少しずつではあるけれどもふくらんできたような気がします。
早く夢が叶うことを願って、これからもラグビーに真剣に取り組んでいこうと思います。
☆星のラグビー部事件ベスト3 (過去5年間)☆
5年 星☆清継
・第3位 ガスト1万円食べ放題事件
1年生の時の東医体、4人(Qちゃん、マー君、トビちゃん、☆野郎)で旅館を抜け出して、おじいちゃんの家に行き1万円をもらう。そのお金で、すぐ近くのガスト(ファミリーレストラン)ですべて使いきる。ちなみに、本当の目的は、お祭りを見ることだったのだけど、時間切れで何も見ること出来ず。しかも、旅館の集合時間に遅れて琢磨さんに怒られた。
・第2位 カレーハウスココ一番で1300gカレーを食べきる。
確かあのときはジャンケンかなんかで負けたからだと思う。食べている途中でご飯の量が1300gであることに気付く。カレーのルーの分も含めたらものすごい量になったと思う。あれはひどかった。食べてからすぐ吐きました。(キャプテンも挑戦したことがあったはずなので聞いてみたら。)
・第1位 ヨシズリと北海道で2週間同棲
この事件のおかげでこんなにも小憎たらしい男、ヨシズリと仲良くなれたことをうれしく思う。(夜中に女の子の名前を寝言で言うのだけはいただけなかった。)同じ病院で生まれただけあって同じベクトルのバカだと言うことに気付く。埼玉県松山市の彼とは違うベクトルである。(夜中に女の子の名前を寝言で言うのだけはいただけなかった。)安達を含めた3人でもう少しあそびたいな〜。
偏執後記
皆様のお蔭を持ちまして、ラグビー部通信も通算8号を数えるに至りました。
打倒 『誰が為に』 をモットーに楽しい紙面作りを常に心がけてまゐりました。今回は初めて依頼原稿を掲載しております。寄稿されて戴いた方には心より御礼申し上げます。これからもラグビー部通信の御愛読をお願いいたします。 偏執長 小松 大介